たしか創業55年の年だった。
神戸にある老舗バーのカウンターの修理塗装。
バーのカウンターといえば、バックバーと共にそのお店の顔だ。
樹種はケヤキ無垢材。
我が国で昔から好まれ高級材とされてきた欅(けやき)を使ったカウンターが、この老舗オーセンティック・バーにはある。
6メートルほどあるだろうか。
厚み三寸ほどある中杢(なかもく)の贅沢な良材だ。
重厚な塗装が施されているが、半世紀以上も店を支えてきたカウンターは塗膜もくたびれてきてはいる。
しかしながら、毎日使われるバーカウンターを守り続ける1㎜にも満たない塗料の膜が50年以上ももつものなのか?
そう、お店ではマスターや従業員の方が、毎日オイル系のメンテナンス剤で拭き上げ手を掛けていた。
メンテナンス剤のミクロの薄い膜が、カウンターを保護する塗膜自体を保護していた。
それで半世紀以上も塗膜が保たれたのだ。
バーテンダーがお酒を作るなど、作業台的に酷使される部分がカウンターにはある。
その辺りのの塗膜が摩耗して木地が顕わになってきている。
水などが染み込んで傷んできた。
それだけでなく、全体的にも様子が変わってきたようだ。
同じように手入れをしても、以前のようには輝きが上がらなくなったのだそうだ。
そんなカウンターをこのコロナ禍の休業中に綺麗にできないかと、マスターからお声を掛けて戴いた。
傷んでいるところを部分的に補修し、全体にクリヤーを塗って仕上げるのが当初の計画だった。
研磨の前に洗剤で汚れを落とす
塗装の前には旧塗膜の弱った部分を除去し、塗料の密着を高めるためにサンドペーパーを全体に研磨するが、その前にまずは塗膜に付着した油分や汚れを洗剤で落とす。
洗剤で表面の汚れを落とし、よく乾燥したところで研磨。
「あれ?」
「へんだぞ。」
サンダーで旧塗膜を研磨しているうちに、見た目以上に塗膜が弱っていることが分かってきた。
どうしよう、塗膜の状態が良くない。
それはそうだろう。
半世紀以上も薄い塗料の膜がカウンターを守ってきたのだ。
目の前のこの状態から仕上がり具合を頭に描く。
当初計画していた施工方法では綺麗に上がらないかもしれない。
それよりなにより、どれくらいの年月をもってくれるのか。
この度の施工から55年は持ってもらいたいとの思いはある。
創業から55年で塗り替えるのだから、それと同じ年数持ってほしい。
これからの55年を考えてマスターに相談する。
ケヤキの木地が顕れるまで旧塗膜を全部削り落とし、一から塗装することにさせて戴いた。
塗膜を削り取って顕れたケヤキの木地
元々、剥離の予定はなかったので剥離剤は用意していない。
なので、塗膜を削り落とす。
サンダーでカウンタートップ全体の旧塗膜を除去した。
木地に染み込ませる塗料の色は、見付(カウンターの厚みの部分)の色を見本に調色する。
ライトを当てて見付をよく見ると、トップよりも冴えた色をしている。
長い年月にトップは赤や黄といった色のほとんどが褪せて無くなっているだろうから、見付の色を元に創業当時の色を想像して調色した。
木地着色後、中塗り塗装
55年前の仕上げがクローズド仕上げ。
導管が完全に塞がれる仕上り。
クリヤーも十分しっかりと塗られていた。
オリジナルは丁寧な手の込んだ仕上りだ。
工房での作業とは異なり、様々な条件下での現場施工において、完全なクローズは難しい。
でも、できるだけオリジナルに近づけたい。
木地着色後、ウレタンのシーラーと目詰め用のシーラーまでが下塗り。
次工程の中塗りで肌を上げなければならない。
塗っては研ぎの繰り返しで肌を作る
研磨性を上げるための体質顔料が多く含まれる中塗りサンディングシーラーを私は好まない。
体質顔料が多いとは樹脂の割合が少ないってこと。
ペーパー掛かりが良いとは、取りも直さず擦り傷も付き易いということだ。
なので、私は上塗りクリヤーで中塗りし肌を作る。
早く締まってほしいので、比較的硬化の早いクリヤーを中塗りにした。
どんどん塗るだけでは導管は詰まってはくれない。
塗っては研ぎ、塗っては研ぎを繰り返す。
4~5回は塗ったと思う。
塗って乾く毎に研磨をした。
中塗りで肌ができあがる
完全ではないにしろなんとか見られるほど塗り込んだあと、仕上げクリヤーにかかる。
艶有りクリヤーはハードコート仕様。
カウンターやテーブルトップには必ずハードコートのウレタンを使うことにしている。
できるだけ傷つきにくいようにと。
ウレタンハードコートクリヤーを2回塗って仕上げた。
塗料の硬化を待つ養生の日を空けて、延べ3日の作業。
でも、塗り回数からすれば3日は短過ぎ。
工房だと十分乾燥の時間を取れるのだけれど、現場ではそうはいかない。
現場の仕事の難しいところ。
新品とまではいかないけれど、使い続けて塗り替え蘇ったカウンターとして使って戴けるだろう。
絶対に見ることはできない私だが、気を込めて仕上げたカウンターの55年後はどうであろうかと想像してみる。
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